村上春樹さんの紀行文集です。太陽の光に輝くボストン・チャールズ河畔、「ノルウェイの森」を書き始めたギリシャ・ミコノス島、じっくり寺院を眺めたラオス・ルアンプラバン、ワイナリーの取材で訪れたイタリア・トスカナなど。訪れた町々の風景、日常の生活、文化、歴史的な背景なども含めて、その土地の風情と文化を伝えてくれています。旅行や訪問で町を体験することは、そんなに大変ではないことも多いでしょうが、その時々に感じたことを、丁寧に文章に残すのは、相当(すごく)大変だったのではと思ってしまいます。私のこれまでの社会経験では、研究して結果を発表するのは比較的簡単だけれど、科学論文として事実を残すのはとても大変なのとオーバーラップしてしまいました。
ラオスの項で、村上春樹さんは次のように締めくくっています(一部改変)。ラオスから持ち帰ったものといえば、ささやかな土産物の他には、いくつかの光景の記憶だけだ。でも、その風景には匂いがあり、音があり、肌触りがある。特別な光があり、風が吹いている。それらの風景はそこにしかなかったものとして、僕の中に立体として今も残っているし、これから先もけっこう鮮やかに残り続けるだろう。このコメントには、“まさしく”、“すばらしい”と感動しました。実は、この本が私にとっての初村上春樹本。どのように美しいかを教えてくれる旅行書が多く溢れる中、町(の人と)とどのように溶け込んでどう感じとったかについてしっかりと文字として残して伝えてくれた村上春樹さんの努力と技量に感動しました。